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#94 まぐろの漬け握り

#94 まぐろの漬けの握り

まぐろの赤身はうまい、といまさらのように気がついたのは比較的最近のことだ。トロの脂にだまされていたのである。というか赤身のおいしさに気がつくほど寿司屋に縁がなかったというほうが正しい。

まぐろの漬けの握りも食べたことはあるが、しみじみ味わうことはあまりなかった。このあいだの夏休みに東京の総武線沿線のなんの変哲もない寿司屋でまぐろの赤身の漬けの握りを食べた。こ、これは。好きな味かも ...。

というわけで、漬けの握りを作ってみようと思っていたのである。今日いきつけのスーパーで、めばちまぐろの切り身の安売りをしていたので早速買い求めた。

漬けにつかうタレは、お酒を煮きって使うのかなあなどと思案したが、ここはもうお醤油とみりん等量混合ダレでいくことにする。あれこれやっている時間はないのだ、腹ペコなんである。切り身を数分程度、即席のタレに漬ける。ペーパータオルで挟み込むようにして、丁寧に余分なタレをとってから握る。

今夜は、赤身の握り、赤身の漬け握り、炙りまぐろの3種を食べ比べる(あれこれやっているひまはないわりには、あれこれやっているような ... )。

漬けがうまい。いいまぐろなら、シンプルに赤身をそのままにぎったほうがうまいだろうが、安売りまぐろは漬けにしたほうがよいことが判明。

「この味がいいね」と君はいっていないけど 八月二十四日は まぐろ記念日
 (もとネタが古くてすいません)
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#93 豆腐のとろみ野菜のっけ

#93 とろみ野菜とうふのっけ

最初に料理の本を手に入れたのはいつのことだろう。もう十数年前になる。

B国でくらしていたときに日本からもとの職場の知人がやってくることになった。なにか欲しいものがあれば、もっていくから知らせてという言葉に甘えて、料理の本を買ってきてもらったことが始まりである。

パンは好きだが、毎食サンドイッチというわけにもいかない。日本の食材店が隣町ににあったが、さすがに高価だったので、そうそう日本食を食べるというわけにはいかなかった。納豆、豆腐といった日本での物価の優等生に頼れないとすると、必然的に料理のバリエーションが食生活の豊かさに直結する。

カリフォルニア米を炊き、買ってきてもらった何冊かの料理本からいくつか作り始めた。料理本はとても役に立った。料理のアイディアは、初心者にはなかなか湧いてこないものだ。本にのってるそのままの材料ではなくても、似たような材料を組み合わせて作るうちに、いつの間にかレシピどおりにつくることはなくなった。

たとえばサラダドレッシングは塩と油と酢が混ざればよい。塩分は醤油でも味噌でもいいし、油はゴマ油なら中華風、オリーブオイルならイタリアン、酢のかわりにレモン汁でもライムの絞り汁でもバルサミコ酢でもワインビネガーでもいいし、グレープフルーツジュースでもいい。コクというかうまみが加わるとなおさらおいしくなる。うまみ成分は、オイスターソース、昆布茶、豆板醤、すりゴマ、練りゴマ、パルミジャーノでもいい。

そこにニンニクや生姜のすりおろしや塩こぶ、芥子、柚子胡椒のような風味やアクセントを加えるとさらにおいしくなる。ようするに、塩分と油と酸っぱい成分にうまみ、香り成分が適当に混ざっていれば、それでサラダドレッシングになるのである。各パートにあう食材の組み合わせは、相性もあるが、その比率は無限にあり、原則を知っていれば、そこそこおいしいのである。まずければ、この次においしいと思う組み合わせを試してみればよいだけのことだ。べつに一流のレストランの味を再現する必要はないのだから。

今日は野菜をいため、野菜からでる水分に日本酒をどどんといれてアルコールを飛ばし、ホタテのスープの素をふり塩で味を調整したあと、水溶き片栗粉でとろみをつけてごま油をさっとかけまわし、水切りした豆腐にのっけただけである。ご飯にかけると中華丼になる。豆もやしとゴーヤの組み合わせがよい、普通のもやしをつかうと、水っぽくなるからこの場合はやはり豆もやしである。このへんのこだわりは料理好きのおやじっぽくて我ながらイヤ。

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#92 しいたけブルーチーズのっけ(ナスもね)

#90 しいたけ

○月×日
長い夏期休暇のはじまりである。
出足が遅かったために金曜発の格安チケット確保できず、前日の木曜の最終便に乗って上京。そのため金曜日は有休をとり、夏休みが一日長くなる。

空港へは市内からリムジンバスが結んでいるが、ときどきバスが満員で通過することがある。空港途中にある催し物会場で大きなイベントがあると、早々に満員になり、県庁前のバス停ではもはや乗れなくなるのである。前回はちょうど県庁前のバス停でリムジンにのり損ねた見知らぬ4人でタクシーをシェアして、ようやく間に合ったので今回は市内のバスセンターから乗った。

なんだ空港まで、5人しかのっていない。拍子抜けである。早めに着いたので、一時間以上手持ちぶたさである。出発まで、梨木果歩「西の魔女が死んだ」を読む。物語のラストで、涙がとまらなくなる(最近は相当涙もろくなった)。

同時に搭乗が始まり、目を腫らして乗り込む(アホである)。泣いていてもらちがあかないので、機内では仕事関係の文献を読む。まったく泣けない、あたりまえである。

○月×日
夕方、popokiさん、ミルクさん、「焦がし」隊長と、ピザ屋さんでオフ会である。お互いブログを読んでいるので、ハナシが早い。なにか話題になると、そうそうあの話ってことで、お互いすぐ了解できるのはオフ会ならではである。popokiさんとお会いしたのが3度目だが、全然そんな気がしない。ミルクさんからは、「背骨」関係の興味深いハナシを伺う。

ピザはうまいわ、話はすすむわ、ちょっと食べすぎた。お腹周りは、メタボまで、「崖っぷちのぽにょぽにょ」である。

○月×日
隊長に連れられて、日光霧降三滝ハイキングにいく。

夏は沢を歩くのはたのしい。清冽な沢の流れ、透明な水をたたえた淵、太陽にキラキラ光る水しぶきを見ていると自分のこころも洗われていくようだ。

滝がまたよい。3つ目のマックラ滝は、落差も大きく、滝壺の周りは、濃い霧につつまれていて、しばらくそばに立っていると眼鏡に水滴がついてなにも見えなくなる。深く息を吸い込むと、霧の小さな水滴にふくまれた森の力が全身にじんわり浸透して心によどんでいたネガティブな感情まで消えていくような気がする。身もココロも浄化されたみたいだ。おーし、元気になったぞ。

○月×日
大学時代の先輩の家に、東京湾岸花火を見物に行く。

いわゆる高層マンション(最上階は不明)の38階である。距離はすこしあるが、花火が正面に見える。ベランダは、特等席である。座った目線の高さが、花火の高さである。ビールを飲みながら夏の夜空を彩る花火を堪能した。K村さん、奥さん、じゅんくん、まりちゃん、ありがとうございました。

写真はお邪魔した先輩のうちでつくった料理のひとつを再現してみた。シイタケにブルーチーズをのっけて、オーブントースターで焼く。シイタケの柄を切り取り、ブルーチーズをのせる。シイタケは洗わないほうがよい。洗うとスポンジのように水を吸うので、洗うのであればよく水をよく切るべし。

ワインにめちゃくちゃあう。この組み合わせを考えたひとは天才である。ブルーチーズなんて食べられるようになるとは子供の頃けっして思えなかったのに、人間って変わるものなんである。火を通すとブルーチーズのクセのある刺激的な香りと味が和らぐのもよい。とにかくブルーチーズのせればほかの野菜でもよいのではと、今晩はナスにものせて焼き、バジルをあしらってみた。急いでつくったので見かけはよくないが、これもわるくない。

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#91 焼き野菜ちょっと居酒屋風

#89 居酒屋ふう焼き野菜

「西の魔女が死んだ」を読む。ラストがとてもよかった。
空港で待っている間に読了。

不登校になった中学生のまいはおばあちゃんと暮らし始める。
おばあちゃんが飼っていた鶏が襲われ、まいは鶏小屋の金網に残された体毛から、近所に住むゲンジさんの飼い犬を疑う。

「でも、まいはそれをみていたわけではないでしょう」
「みなくてもわかる」
おばあちゃんはため息をついた。  …
「いいですか。これは魔女修行のいちばん大事なレッスンの一つです。魔女は自分の直感をたいせつにしなければなりません。でもその直感にとらわれてはなりません。そうなると、それはもう、激しい思い込み、妄想となって、その人自身を支配してしまうのです。 …」

「… まいの言うことが正しいかもしれない。そうでないかもしれない。でも大事なことは、いまさら究明しても取り返しのつかない事実ではなくて、いま、現在のまいの心が、疑惑と憎悪とかいったもので支配されつつあるということなのです」

たとえ真相が究明できたとしてもまた新しい恨みや憎しみに支配されるだけだとおばあちゃんは言うのだった。

こんな智慧を身につけたまいのおばあちゃんみたいなひとが、世界中あらゆるところに住んでいるにちがいない。人に知られることもなく、平凡にみえる日々を誠実に紡ぐ一群のひとびとがいるおかげで、この世界はようやくすこしまともになっているような ... 気がする。

今日突然、マヨネーズが食べたくなった。グリーンアスパラとエリンギを焼く。マヨネーズがあまり好きではないのに、珍しいことでおじゃる。

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#90 生タコのサラダ

タコのサラダ

生タコの刺身を買って帰る。きょうは、閉店までには、間があるので3割引きである。

タコ好きである。ゆでタコも好きだが、生タコ好きである。例によってレモンとバルサミコ酢、おろしニンニク少々、オリーブオイルの軽めのドレッシングに黒胡椒、タコのサラダをつくる。

どれ晩飯を食べながら、TVでもみるか。おー、宮崎駿だ。ポニョだ、ポニョだ。「プロフェッショナル仕事の流儀」が、宮崎駿の新作「崖の上のポニョ」制作に密着している。絵コンテ(アニメの台本)と格闘する「生」宮崎駿が映し出される。タコの「生」もいいが、制作現場の「生」もよい。

制作の過程で、初めはぎこちなかったアニメの登場人物が、やがて奥行きのあるキャラクターとなって、動き始める。ストーリーもめまぐるしく変化し、宮崎にとって物語は単なる物語でなく、身近にリアルに感じられるようになる。そこに至るまで、あーでもないこーでもないという産みの苦しみを経験しなくてはならない。

苦しまないと「なにかよいもの」は降ってこないのだな。ラクしたいと思ったらおしまいだなー。易きに流れる最近の自分をちょっぴり反省しつつ生タコをかみしめる。う、うま。

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#89 ザク切り焼きトマトのパスタ

焼きトマトのパスタ

毎日なにをたべているのか考えてみる。
そんなに手の込んだものは実際のところ、あまり必要ない。ご飯を炊いて、味噌汁、冷奴、納豆、漬物、青菜のおひたし、焼き海苔、簡単なサラダ、ときにお刺身、野菜炒め、カレーライス、市販のキムチ、めかぶ、辛子明太子、胡瓜の塩もみ、素麺、うどん、生そば、… 。すぐ思い浮かべることができるメンバーのローテーションで本当のところは、十分である。

パスタも簡単がいちばん。完熟トマトが手に入ったときには、焼きトマトのパスタをつくる。別冊家庭画報の「平松洋子さんのわが家のご飯」にのっていたものだが、これもいつからか、自分のなかのレギュラー選手になった。作り方も、少し変えた。

オリジナルは、完熟トマトの輪切りをフライパンでオリーブオイルをひいて焼き、多めの塩で茹でたパスタの湯をよく切って、皿に盛り、その上に焼いたトマトをのせる。オリーブオイルをかけまわし、パルミジャーノレッジャーノチーズのすりおろしをかけて、輪切りの焼きトマトをフォークでくずしながら食べる。胡椒もニンニクもつかわない。これはよい完熟トマトと品質のよいオリーブオイルがあればとてもおいしい。

今日は自分の作り方でつくる。ニンニクを刻んでオリーブオイルで加熱し、ザク切りのトマトを入れる。表面がちょっと焦げるまで焼きつけて塩をふり、茹で上がったパスタの上に載せる。袋に残っていたわずかなパスタをゆではじめてから、あとはフェットチーネしかないことが判明。しょうがないのでフェットチーネを追加し、いっしょに茹でる。太い麺、細い麺が入り混じったふしぎな麺が茹で上がる。お皿にパスタをうつし、そこに焼いたトマトをのせ、パルミジャーノレッジャーノチーズをすりおろして完成。

我ながら、トマトの酸味とパルミジャーノの旨みが絶妙じゃ~、っていうか、きっと誰が作ってもうまかろう。ポイントは、完熟トマトを使うことだけなのである。最後にかけるパルミジャーノのかわりに、市販の粉チーズでもいいが、味は多少おちる。

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