2011年06月 | ARCHIVE-SELECT | 2011年08月

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

#335 そら豆の山椒煮

そら豆の山椒煮


いきつけの乾物屋であるJR錦糸町駅近くの大平商店で乾燥そら豆を見つけた。

そら豆好きとしては見逃せない一品。

一袋購入。

一晩以上水に漬けとかないといけないらしい。皮も厚いし、水の浸透にも時間がかかりそうだ。

てなわけで乾燥そら豆を一昼夜水に漬けたあと、お酒と醤油、砂糖で煮てみる。

うむうむ、これだけでそら豆好きには十分うまい。ただ皮がいまひとつ固い。

豆の皮のかたさを山椒の香りでごまかすことにした。

山椒の実を鍋にいれて、香りがたったら、完成。

豆の素朴な味に山椒の香りが案外マッチして、ビールの友としては合格~。

う、でも皮はやっぱりちょっと固めかも。
スポンサーサイト

| 未分類 | 11:12 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

#334 オリーブオイルのポテトサラダ

マッシュポテトのツナサラダ


節電の夏である。

勤務先でも率先して激しい節電運動が展開され、ウチの部では冷凍庫2台、冷蔵庫2台を止めた。まさかそんなことができるとは思わなかった。けっこう捨てるもんがあったのか。あ、ひと様のことだから詮索はいけないな。ウチの部屋は小規模なので冷蔵庫と冷凍庫が合体したものが1台あるきりなのでお目こぼしにあずかることができたのだ。

室内は基本冷房差し止めである。

建物はいくつあるのか数えたことはないが、自分がいるのは11号棟なので少なくとも敷地に大小10棟以上はある。日本陸軍が使っていたという噂のある古い煙突まである。今年の夏は、事実上エアコン禁止である。扇風機を使ってみんなしのいでいるのか。すごい。

ただ1棟、冷房が入っているのが、ワタクシのいる建物である。なぜか。それはこの建物だけ冷房にはガスを使っているからなのだ。なんだかしらないがそんな設備があることを初めて知った。ガスか、ガスならいいのか。

ガスならいいのである。気分がわるくなったひとは、冷房ががんがんに効いているこの建物に涼みにくるように館内放送が勧めているくらいだ。

そういえば、冷房が効きすぎて、冷房の吹き出し口直下にデスクのあるワタクシは去年の夏の終わりにはカラダがコワレて、2、3日休んだくらいだ。あれが、ガス冷房の威力か。

今年はひょっとして冷房がはいらないのではと内心とても期待していたのに、ガスならいいのだ。大きな顔をして冷房をかけてもいいのである。

冷風が昨年と変わらずゴーゴー冷気を吹き出す。なにしろ手加減なしである。微調整のツマミなんてどこにもないのだ。冷やす一方である。居眠りなんぞすると、そのまま凍死してしまいそうだ。

転ばぬ先きの杖。冬物のトレーナーを着て、昼には熱々のマルちゃんのてんぷらそばをすすり、ようやく人心地がつく。

今日、突然別棟から呼び出しの電話が来た。あわててトレーナーを着たまま建物のそとにでた。

どひゃー、外は南国ぞな。



| サラダとその親戚♪ | 21:46 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

#333 トマトのまるごと煮

トマトのそばつゆ煮


五月の連休、隊長の実家に帰省したついでに富山県の立山町にある尖山に登った(詳細はこちら)。

尖山(とがりやま、とんがりやま)は、隊長の実家から南東に車で30分ほど走ったところにある標高559メートルの低山である。尖山は、立山の麓に位置しているが、おどろくほどきれいな三角形をしている。

この山は、地元では、天狗の山だとか、天皇の御陵だとか、UFOが頻繁に目撃されるとか、いろいろ不思議な言い伝えがある山なのである。山の中腹には祭壇らしき跡が見つかっていたり、山頂には大きな石が不規則だが並んでいたりするのだ。

日本の国の成り立ちというのは意外にあやふやなところが多い。歴史書というのはその時の為政者や権力者が編纂させるものだし、後世の権力者によって書き換えられちゃうこともある。正史とされる「日本書紀」だって成立したのが、8世紀である。その上に証明するのが難しい神話や伝説も含まれているので「日本書紀」や「古事記」は正しくて、ほかの文献はウソが多いというふうに考えるのも変な話である。

じつは偽書と見なされてはいるが、興味深い文書がある。

「竹内文書」と呼ばれる文書である。「竹内文書」は、その内容の破天荒さから、一種のトンデモ本といわれてきた。「竹内文書」は、大陸文化が流入し、古来の歴史や文化が失われるのを恐れた武烈天皇が武内宿禰(すくね)の孫の平群真鳥(へぐりのまとり)を越中に派遣して神代文字で書かれた神代の記録を漢字仮名まじり文字に書き換え、写筆させた文書と皇祖皇太神宮に伝わる神宝類の総称である。しかしそのほとんどは戦時中に消失し、一部が残っているに過ぎない。

そのなかに尖山がでてくる。

それによると神武天皇にはじまり現在の天皇にいたる以前に上古25代、とそれに続く72代の天皇がいたのだという。そして上古第24代の天皇の時代には、今の富山県に天皇の神殿があり、尖山はその神殿の跡だというのである。

24代天皇は、天仁仁杵身光天皇(アメノニニギノスメラミコト)といい、天皇は近くの呉羽山や石川県羽咋市(はくいし)から「天の浮舟」に乗り、全世界を巡航したとされている。

ははは。これはむちゃくちゃおもしろい。ところが、話がこれだけだと単なるトンデモ話だが、話はこれだけではないのである。

布施泰和「竹内文書の謎を解く」によると、呉羽山の真南には羽根神社があり、呉羽山と羽根神社を結ぶこのラインを北と南に延ばして日本を縦断すると石川県能登半島から岐阜県、愛知県にぬけるが、そのライン上に羽(根)という文字を含む8つの地名がこの東経137度11分上に位置しているのだという。

もし何者かが意図をもって羽(根)という地名を南北においたとすると、極めて高度な測量技術が要求されることになる。布施氏はこのラインを羽根ラインと呼び、古代には飛騨地方に位山(これも羽根ライン上にある)を中心とする王朝があったのではないかと推論している。羽根はなにを意味するのか、なんらかの飛行技術をもった先史文明が飛騨にあったということなのか。興味はつきない。

これ以外にも尖山と竹内文書にでてくるいくつかの重要な「遺跡」を地図上で結ぶときれいな正三角形に位置していたりすることから、あながち竹内文書も捨てたものではないことがわかる。何者かによって意図的に改ざんされ、偽書に仕立てられたのかもしれない。

日本各地にある巨石跡や与那国や慶良間で見つかっている海底遺跡などを見聞きするたびに、現在の常識的な歴史観とはまるでちがう本当の歴史があるように思えてならないのはおそらくワタクシだけではないとおもふ。




| 未分類 | 00:21 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

2011年06月 | ARCHIVE-SELECT | 2011年08月

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。