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#324 シーチキンとろろ

とろろシーチキン


叔母が亡くなって一年が経つ。今回の震災で中止をしたほうがいいという意見もあったが、叔母の一周忌、仙台に親戚が集まった。

朝、新幹線の中で忘れ物に気づいた。
仙台の母にメールをうつ。

「数珠忘れた。ある?」

すぐ母から返事がくる。
「予備あるよ」

しばらくしてまたメールが来る。

「おじいが朝から騒いでいます」

久しぶりのイベントで父が朝から興奮しているらしい。

とりあえずほっとして以降仙台まで爆睡。


仙台駅の東側にはお寺が並ぶ新寺小路という通りがある。法事はその一角にあるT秀院で行われた。

まずお坊さんが本堂でお経を上げる。
最初のは般若心経。

促されて順番に焼香に立つ。

91歳の父は最近足がおぼつかない。介添えでいっしょに父の焼香に立つ。

お寺の本堂のお焼香台の両側には3メートルくらいの間隔で立派な柱がある。その柱には厚さ3センチくらいの長い板がかかっている。天井に近いところで太い柱に一カ所固定されている。なんと書いてあるのかわからないが、表面に大きな金色の文字が書かれている。

父と椅子にもどり、介添え修了。

こんどは自分の焼香を済ますために席を立つ。

席にもどり、お経を聴きながら、ふと見上げると左の柱に掛かっている厚くて長い板が左右にゆっくり揺れてるのに気づいた。

あれ、いつから揺れているんだろ。

お焼香が終わり、お経が終わるまで板は振り子のように揺れて止まらない。右の板はまったく動いていないのに。誰かよろめいて、触って揺れ始めたのかな。

参加者は14名、足取りがおぼつかなくてよろめきそうなのはウチの父と最近足を痛めた従兄弟のT宣ちゃんくらいだ。だが、父は自分が付き添って焼香を済ませたから、よろめいて板に触ってないことは確かだ。もっともお焼香をする場所から正面左の柱にかかっている板に触れるには、ちょっと距離があるしなあ。

それとも亡くなった叔母さんが、合図を送ってくれたのかなあ。

人は亡くなるときに強い思いこみやコダワリがあるとFocus 23と呼ばれる領域に捕われてしまい、Focus 27という本来もどるべき世界にたどり着けないことがある。肉体を離れてから我々が旅をする世界は広大でその仕組みは精緻を極めていることが最近の探索で明らかになっている。

ただしその世界は、五感によって理解できないために物質を基盤とする現代科学が扱うまでにはもう少し時間がかかる。

末っ子だった叔母は生涯独身で長年高校の数学教師をやっていたのだが、あまり親戚付き合いはよくなくて、ときどきその発言がヒンシュクの種となったこともある。今から考えると叔母の年代で女性がひとりで生きていくのにはそれなりにいろいろな苦労があったろうと思うと理解もできる気がするのだ。

叔母が亡くなったとき、彼女が肉体を離れたことに気づかずにどこかに迷い込んでいないか少しだけ心配だったのだが、無事Focus 27を経由してこの世での生から自由になったことを板を揺らして知らせに来てくれたのかもしれないな。

目を閉じて静かに手を合わせると笑顔の叔母の姿が浮かんだ。


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